取り乱す
- 排泄物の話が入ります。食事等されている方はご注意ください。
四月から上の子ちゃんは小学校へ、下の子ちゃんは幼稚園へという新生活が始まった。少しは落ち着いた生活ができるかなと思っていたけれど、そう簡単にはいかない。
朝五時から、食事作りに洗濯、掃除等々、今までのルーティーンに加えて、上の子ちゃん・下の子ちゃんをそれぞれの場所へ行かせるための準備やら送り迎えが増えた。おかげで、休む暇がほとんどない。全部こなしたころには、へとへとになって床に座り込んでしまう。
なにより、大変なのが、上の子ちゃんを学校近くまで迎えに行くことだ。
というのは、私は現在、妊娠糖尿病にかかっていて、食後は一時間、部屋で足踏み運動をすることにしている。私が朝食を食べるのは、下の子ちゃんを幼稚園バスに乗せた後だから、食べ終えてひと運動したら、上の子ちゃんを迎えに行く時間になるのだ。1時間運動した後に、また、家から学校までは歩いて片道15分~20分。道中の暑さも手伝って、家に着いた頃には足が棒のようになっている。
その日は、下の子ちゃんが人生初めて、パンツをはいた日だった。
下の子ちゃんはまだ、オムツが外れていない。昨年の夏くらいから自分でトイレへ行くようになったので、もうすぐパンツかな、と様子を見ていたら、冬が近づくにつれ寒さがこたえるようになったのか、また、オムツの中でするようになってしまった。
オムツを外すことについては、上の子ちゃんのことがあったから(このことについては、また後日書く予定)、下の子ちゃんがそうしたいと思うタイミングまで待つことにしていた。多分だが、下の子ちゃんの場合、幼稚園でお友達がトイレに行くのを見たら、マネするようになるだろうと思っていた。
そうしたら、その日の前日に、幼稚園の先生から電話が来た。なんと、幼稚園では毎日、トイレに行っているようで、せっかくだから、パンツに変えてみてはどうかという事だった。思いのほか早くて驚いたが、いい兆しだ。
早速、旦那さんに『トレーニング用のパンツを買ってきてください』とメールを送った。旦那さんはすぐ買ってきてくれて、下の子ちゃんは幼稚園始まって早々、パンツデビューを果たすことになった。
その日の朝はいつも通り、慌ただしく過ぎていった。子供ちゃん達を送り終え、家に帰り、朝食を食べ、運動をして、また、上の子ちゃんの学校へ向かい、また家に戻った。上の子ちゃんの次の日の学校へ行く準備を手伝っていたら、旦那さんが下の子ちゃんをバス停から連れ帰ってきた。手の離せなかった私は、下の子ちゃんにこう言った。
「パンツをオムツに履き替えておくんだよ」
パンツデビューしたといっても、下の子ちゃんは家ではトイレに行かない。なので、家ではまだ、オムツを履かせるつもりだった。
「わかった」
下の子ちゃんが頷く。私は、急いで昼食の準備に取り掛かった。
昼食を食べ終えた後、私は足踏み運動を始めた。昼食を取っていた間、少し休んでいたとはいえ、足が鉛のように重い。それでも、血糖値が上がるのが怖いから、必死に歩き続ける。
ようやく『苦』の一時間が終わり、私は床にへたり込んだ。まだ、子供ちゃん達の歯ブラシやら干した洗濯物の片付けやら、やることが残っている。けれど、立ち上がろうとしても、力がでない。段々、眠くなってきて瞼が下がってくる。
「ママ、うんちしたー」
下の子ちゃんの声が遠くから聞こえた。
「わかった」
力なく答えて、そのまま眠ってしまった。
ハッと目が覚めた。身体はまだだるかった。眠ってしまった分を早く巻き返さないといけない。私はよろよろと立ち上がった。
子供ちゃんの歯ブラシに、洗濯の片付けに、お風呂の準備に・・・。
そこで、ふっと思い出す。
そうだ!下の子ちゃんのオムツを替えなければ。
下の子ちゃんのところへ向かう。
「下の子ちゃん。待たせてごめん。すぐオムツを替えるね」
そう言って、下の子ちゃんのズボンに触れた時、すごくすごく嫌な予感がした。ズボンがところどころ濡れているのだ。
部屋の中が暑かったから、汗でもかいたのだろうか・・・。
胸騒ぎを覚えながら、ズボンを下げる。そして、悲鳴を上げた。
下の子ちゃんは、パンツのままだったのだ。新品の真っ白いパンツがまっ茶色に染まっている。幸い、排泄物はパンツの中でおさまっているものの、量が多くて、パンツ一面にこびりついている。よくこんな状態で我慢できたものだと感心してしまうほどに。
どうしよう、と思った。これを今から洗わなければならない。でも、こんな量を漏らしたものを今まで洗ったことがない。
オムツだったらすぐ処分できるのに。
そう思ったら、急に、このパンツ捨てしまいたい衝動に駆られた。ビニールにくるんで、おむつポットに入れてしまえばそれで終わりだ。
でも、と思う。まだ今日履いたばかりの新品パンツだ。しかも、二枚しか買ってきてもらっていないから、捨てたら一枚になってしまう。そしたら、また、もう一回買ってきてもらわなければいけない。
迷っている暇はない。やることはまだ沢山残っている。だから、早く、洗わなければ・・・。
けれど、疲れと焦りから頭も身体も動かない。段々、感情だけが高ぶってきて、どうすることもできなくなった私は、あろうことか、仕事中の旦那さんに電話をかけてしまったのだ。
「どうしたの?」
旦那さんはすぐ出てくれた。
「下の子ちゃんが、パンツのままでうんこしちゃって、それで・・・」
一体、私は何を話しているのだろう。
内心自分に呆れながらも、涙が止まらない。
旦那さんはあきれた声で、「それ、わざわざ仕事中に電話してくることではないよね」と前置きした後、「普通は汚れたら洗うし、もし、君が無理だと思うなら捨てればいい」と言った。
「そうじゃないの。洗えるかどうか、あなたに見て欲しいの」
電話口で旦那さんが困っている顔が目に浮かぶ。
「僕が洗えるって判断したら、僕に洗えって言うんでしょ」
「そうじゃなくて」
じゃあ、どうしたいのだろう。自分でもわからない。
結局、「お仕事中にごめんなさい」と謝って、電話を切った。
電話を切った後、考えた。自分は一体、旦那さんに何を求めていたのだろう。
多分、だけれど、旦那さんに「パンツを捨てていいよ」と許してほしかったのだ。
私は今、自分のことを責め続けている。どうして、下の子ちゃんがパンツを履き替えたかどうか、確認しなかったのか。どうして、「うんこをした」と言われたときにすぐ、替えてあげなかったのか。そして、なぜ、汚れたパンツを洗えないのか。
だって、やることがいっぱいで、身体がへとへとで、もう動けなかったから。
でも、それを理由にはできなくて。
パンツを捨てて逃げようとしている、今の自分が許せないのだ。
だから、他の誰かに許してほしくて、旦那さんに電話をかけてしまった。
しばらく悩んで、パンツは申し訳ないけれど捨てることにした。それから、旦那さんにまた、新しいパンツを買ってきてもらうことにした。そして、そのまま重い気持ちを引きずりながら、残りの家事をこなしていった。
もともと、分かっていたことだった。日に日に大きくなってゆくお腹を抱えながら、子供ちゃん達の新生活を迎えるのはきっと、大変だろうという事は。動けなくなってゆくその中でも、新しい生活は待ったなしで始まってしまうのだ。本当にやっていけるのか、悩んで、悩んで、それでもやっぱり生みたいと決めたのはこの私。糖尿病は想定外だったけれど、だからと言って、立ち止まって泣き言なんて言ってられない。ただ、やれるだけのことを、淡々とやっていくしかないのだから。
あっという間の一週間。気づけば、明日は土曜日。糖尿病の病院へ行かなければいけないから、一日中のんびりとはいかないけれど。ゆっくり身体を休めて、また月曜日から始まる新生活に備えたいと思う。