待ち遠しい
上の子ちゃんと旦那さんが出かけなければならないので、朝は早めに起きた。
急いで、準備して、家事もろもろと下の子ちゃんの相手をしていたら、ぐったりと疲れてしまった。大型連休に入って、新生活の緊張感が一気に緩んだのもあると思う。
頭の中がぼんやりとしていて、何もする気がおきない。
夜、身体がまだだるくて、明日はゆっくり寝ようと思っていたら、壁に掛けてあるカレンダーが目に入った。
あっ。思わず、大きな声を上げる。
「明日、病院だ・・・」
思い出せて良かったと思う反面、また、早起きか、と、ちょっと落ち込む。
上の子ちゃんが「バブちゃん(お腹の子)に会うの?」と聞いてくる。
私は今、産婦人科と内科(糖尿病)に通っているから、どちらに行くか知りたいのだろう。
「明日は会ってくるよ」と答えると、にっこり笑って、「楽しみだね」と言った。
上の子ちゃんも下の子ちゃんも、私が産婦人科でもらってくるお腹の子の写真や撮ってきた動画を楽しみにしている。
できれば、上の子ちゃん達も一緒に連れて行って、実際に映像を見せてあげたいけれど、今は生憎、コロナ禍のため病院内に入ることはできない。
それにしても、前の健診からもう一か月たったのか。
四月は新生活が始まってから、毎日、目の前のことをこなすのに精一杯で、あっという間に過ぎてしまった気がする。
その間にも、お腹は日に日に膨らんで、今では立ち上がるにも気合がいる。
お腹の子はというと、最近は頻繁にお腹を蹴ってくるようになった。
昼夜問わずポンポン蹴ってくるから、上の子ちゃん達もこんなに蹴ったかしらと思ってしまう。
ただ、残念なことに、その当時のことを思い出そうとしても、不思議なくらい思い出せない。
まあ、とりあえず、よく蹴ってくるということは、それなりに元気に成長しているのだろう。
明日は、上手く顔が拝めるといいな、と思った。
次の日は気持ちのいいくらい、カラッとした晴天だった。
こうまで気持ちよく晴れていると、気分も弾んでどこかへ出かけたくなってしまう。
産婦人科の待合室の椅子に座り、窓ガラス越しに見える景色をぼんやりと眺めながら、自分の番号が呼ばれるのをひたすら待つ。
連休の中日だからか、今日は心なしかいつもより混んでいて、予約時間をとっくに過ぎてもなかなか呼ばれない。
お腹の子は、退屈なのかぽこぽこお腹を蹴ってくる。
もう少ししたら、会えるから待っててね。
そんなことを思いながら、お腹を軽くポンポンと叩き返す。
ようやく、自分の番号が呼ばれる。
ただ座っていただけなのに、すっかり疲れてしまっている。
診察室に入ると先生から早々に、お腹の様子を見ましょうと言われた。
いつもは少しお話しする時間があるけれど、今日は患者さんが多くて、時間が押しているのだろう。
診察台に横たわり、指示された通りにお腹を出す。
お腹にエコーが当てられた途端、お腹の子が勢いよく動き出した。
心音は取れたものの、よく動くせいでなかなか体の大きさなどが測れない。
先生は何回かエコーを当てる位置を変え、なんとか測ることに成功する。
一応、標準通りの成長らしい。
ほっと一安心。
あとは、お待ちかねのお顔だ。
ワクワクしながら待っていたけれど、今回は残念。
膝を腕できちんと抱えた奇麗な体操座りをして、ご丁寧にくるりと背を向けていた。
待ち時間が長すぎて、拗ねちゃったかな、と思う。
診察が終わり、待合室の椅子に座って会計を待つ。
とりわけやることも無く、待つことに飽きてきた私は、持っていたバッグから今日もらった写真を取り出しぼんやりと眺める。
後頭部と背中しか見えない写真。
そういえば、上の子ちゃんもよく、顔を隠していたことを思い出す。
ただ、上の子ちゃんの場合は、背を向けるのではなく、足をピンと伸ばした前屈姿勢になって、足で顔を隠すのだ。
私には思いつかないような変わった顔の隠し方をするから、とても印象に残っている。
それは大きくなった今でも変わらない。
上の子ちゃんは時折、私の想像の斜め上をいってくれる。
なかなか理解しがたくて、すぐには受け入れられないこともあるけれど、その反面、私にはない発想をするから面白いな、とも思う。
下の子ちゃんは反対に、よく顔を見せてくれた。
しかも、手を顎に添えるポーズ付きだ。
臨月間近の一枚は、ポーズもさることながら、目鼻立ちもくっきりと写っていて、「まるで俳優さんみたいだね」と夫婦で感心してしまったほどである。
そんな下の子ちゃんは、とてもサービス精神旺盛で、人目を引く。さらに、眠っている時は、お腹の中にいた時のように顎に手をあてて寝ていることがよくある。
もしかしたら、お腹の中でも、少しずつ性格は出てくるのかしら。
あらためて、写真を見る。
お腹にいるこの子はどんな子だろう。
想像を膨らませてみる。
ちょこんと座って、正面に向けた小さな背中はちょっと寂しげ。
うーん。今のところ、恥ずかしがり屋の寂しがり屋さんってところかな。
そんなことを考える。
午後は旦那さんの実家へ。
旦那さんの実家には大きな畑がある。
畑にはその季節によって、様々な野菜が植えられている。
子供ちゃん達は畑が大好きだ。
天気のいい日は畑に行く。
今日は私も誘われて、一緒に外に出る。
「ママー。こっち。こっち」
下の子ちゃんがビニール袋を片手に駆けていく。
晴れ渡る青空。燦燦と降り注ぐ日差し。心地よい風。きらめく緑。
下の子ちゃんの生き生きとした姿が一瞬、景色の中に溶け込む。
ああ、眩しいな。
思わず、目を細める。
「子供ちゃん達二人とも、しっかり、自然児と化しております」
旦那さんのお母さんが、茶目っ気たっぷりに言う。
本当にそうだと思う。
すくすくと育った野菜たちを収穫し、畑に飛び回る白や黄色の蝶を虫取り網で追いかける。
命溢れる大地で子供ちゃん達もまた、より一層輝いて見える。
大きく膨らんできた自分のお腹にそっと手を当てる。
ここにもまた、新しい命が宿っている。
ふと、お腹の子もいつか、上の子ちゃん達の後姿を追いかけて、この畑を駆けて行くのだろうか、と思った。
顔を上げ、目の前一面に広がる畑を見渡しながら、そんな光景を想像してみる。
そしたら、なんだか無性に、その姿が見てみたくなった。
ああ。早く、君に会いたいな。
陽が段々と長くなり、本格的な夏が一歩また一歩と近づいてくる。
君に会えるのは、もうあと少しだろうか?
指を折って確認する度、私には、まだ先のように思えてならなくて。
ああ。待ち遠しくてたまんないや。
初夏の日差しを浴びながら、そんなことを思ってしまった。