孫
旦那さんが休日出勤になった。
しかも、普段より帰りが遅い。
休日、子供ちゃん達は大抵、車で旦那さんの実家へ遊びに行く。
でも、旦那さんがいないとなると、連れて行くことができなくなる。
なぜなら、私は車を運転できないからだ。
旦那さんの実家に行けないとなると、子供ちゃん達から大ブーイングを受けるのは必須である。
さてさて、どうしたものか。
身重の身体で、一日中、子供ちゃん達の相手は大変だ。
そこで、私の両親に来てもらえるようお願いする。
そして、子供ちゃん達に恐る恐る伝える。
「今週は、ばあちゃんの家には行けません。その代わり、じいじ達が来てくれます」
「じいじ達が来てくれるの!」
子供ちゃん達の反応は上々。
とりあえず、乗り切れそうである。
旦那さんの休日出勤日。
旦那さんはいつもより早く出勤していった。
休日になっても、早起きする習慣がついた上の子ちゃん。
起きてきて早々に「パパはどこ?」と尋ねてくる。
「お仕事だよ」と答えると、途端に、がっかりした顔になる。
本当に、パパが好きなのだ。
私は家事をしつつ、子供ちゃん達にご飯を食べさせてと息つく暇もなく動き回る。
そして、だいたいの家事を終えたところで、思い出す。
そういえば、時計を返さないと。
前に両親と会った時に、下の子ちゃんにと渡された時計があった。
ベルがついた、アナログの目覚まし時計。
でも、我が家は携帯電話の目覚まし機能で十分に事足りているし、なによりも、その時計が活躍する前に、子供ちゃん達の手によって壊される可能性がある。
現に我が家には一つ、ほとんど使われることなく壊されてしまった時計があるのだ。
子供ちゃん達にどこにあるか聞こうと思った矢先に、食卓の上に置いてあることに気付く。
良かったと思って、手に取ってみれば、すでに懸念したとおりになっていた。
ベルが取れている・・・。
とりあえず、ベルと本体をつなぐ金具がどこにあるのか、子供ちゃん達に聞いてみる。
「昨日、パパが見つけて、つくえの上に置いたよ」と下の子ちゃんが教えてくれる。
そこで、食卓の上を探してみるが、それらしいものはない。
さすがに、壊れたまま返すのは忍びない。
もしかしたら、旦那さんが無くさないように別の場所に置き替えたかもしれない。
旦那さんに、金具の行方を尋ねるメールを打つ。
「困ったな。これじゃあ、返せないよ」と言うと、下の子ちゃんが、「じいじ達が来る前にみつけてあげる」と言う。
これは頼もしい。
金具は下の子ちゃんに託して、私は残りの家事を一気に片付けにかかる。
少しして、下の子ちゃんの様子を見に行けば、案の定、すっかり忘れて遊んでいらっしゃる。
まあ、そうなるよね、と、小さくため息をつく。
旦那さんから、電話が来る。
金具は食卓の上に置いたけれど、その後、子供ちゃん達が自分たちで時計を直そうと触っていたらしい。
もう一度、子供ちゃん達に聞く。
どうやら、最後は下の子ちゃんが触っていたらしい。
つくえの上にあるって言ったの、誰だっけ・・・?
あらためて、下の子ちゃんに尋ねてみる。
全く覚えていないようだ。
このまま揉めても埒が明かないし、そのうち、出てくるだろうと諦めることにする。
部屋をざっと見回して、三段ラックの一番下の段が物で溢れていることに気付く。
そこは、子供ちゃん達が作ったものなどを一時的に保管しておく場所だ。
あまりにも物が多いので、よく注意するのだけれど、全く改善されていない。
かと言って、こっそり捨てると、そういう時に限って気づかれて大騒ぎされてしまう。
せっかくの機会だから、下の子ちゃんに整理してもらうことにする。
下の子ちゃんが、棚に入っているものを出す。
そして、なにやら気になるものを見つけたのだろう。
片付け始めて早々に、遊び始める。
「じいじ達が来る前に片付けないと、全部捨てるよ」と釘を刺すと、「片付けます!」と言って、慌てて手を動かし始める。
そのうち、棚の奥の方のものを取り出そうとしたのか、寝転がって上半身を棚の中に突っ込んだ。
ようやく、やる気になったのだな、と思う。
けれど、しばらくたっても、いっこうにその姿勢のまま動かない。
まさか・・・ね。
下の子ちゃんの身体をつつく。
ピクリともしない。
どうやら、棚に身体を突っ込んだまま、寝てしまったようだ。
器用な子である。
「起きて~」
下の子ちゃんの身体をくすぐって起こす。
そうこうしているうちに、私の両親が家にやって来る。
結局、棚は整理されないまま、出されたものはもう一度、下の子ちゃんの手によって、もとのところに戻された。
子供ちゃん達は私の両親が大好きだ。
大はしゃぎして、私の両親にまとわりつく。
いつのまにやら、父が目覚まし時計を手にしている。
傍に居る下の子ちゃんに何か言われたのだろう。
「ドライバーをくれ」と言われたので、手渡すと、早速、時計を分解し始めた。
「ネジが無いらしいのだけれど」と一応言ってみるものの、聞いていない。
放っておいたら、案の定、「ネジはどこだ」と聞かれた。
今までの経緯を説明する。
すると、父が下の子ちゃんに優しく尋ねる。
「下の子ちゃん、ネジはどこ?」
「ここ!」
下の子ちゃんが指を差し、父は絶句する。
それは、先ほど整理を中断した棚の一番下の段。
慌てて詰め込んだせいで、前にもましてぐしゃぐしゃな有様だ。
いや、ここ、絶対に違うよね・・・。
父が下の子ちゃんの言う事を真に受けて、棚の中を探し始める。
「あれ、ペンの蓋が入っているけれど、これ、大丈夫?」とか、「このペン、一本足りないけれど」とか。
下の子ちゃんに聞きながら、棚の中を探っていく。
下の子ちゃんはと言うと、都合の悪いものは知らんふりをし、分かっているものは「こっち」とか答えながら、要領よく片付けていく。
そして、気づけば、いつの間にやら、姿が無い。
「あれ?下の子ちゃん、どこに行った?」
父に聞かれ、思ったままを答える。
「多分、逃げた」
「逃げた?!」
父は苦笑いしながら、下の子ちゃんを探しに行く。
下の子ちゃんが連れ戻される。
「これ、どうする?」
下の子ちゃんが描いた数枚の絵。
「ダメ!一生懸命、描いたんだもん」
下の子ちゃんが甲高い声で怒る、怒る。
下の子ちゃんのあまりの剣幕に、父は、「わかった。とりあえず、こっちに置いておこう」と引き下がる。
さらに出てきたのは、壊れたおもちゃ。
「これ、壊れちゃってるよ」と言う父に、下の子ちゃんはしれっとした顔で「壊れててもいいの」と答える。
「いや、でも、もう遊べないし。捨てようか」
食い下がる父に、下の子ちゃんは一言。
「じゃあ、じいじが直せばいいんじゃない?」
父は、またもや絶句する。
上の子ちゃんはというと、母とオセロで遊んでいる。
対戦しているのかと思いきや、どうやらそうではないようで、ただ、盤の上に白と黒の石を適当に並べ、どちらが多いか当てるゲームをしているらしい。
「これ、奇麗に並べないとどちらが多いかわからないよ」と言う母に、「きれいに並べたらだめなの!」と無茶ブリをする上の子ちゃん。
いずれにせよ、父も母も子供ちゃん達に苦戦している。
しばらく子供ちゃん達の様子を見て、血糖値を下げるために少しだけ外に出させてもらうことにする。
散歩しながら、先ほどの子供ちゃん達と接する父と母の様子を思い返し、随分とまるくなったなあと思う。
もちろん、体型ではなく、性格が、である。
私が子供の時は、父や母にあそこまで強気で物申すことなんて、恐ろしくてできなかった。
ふと、祖父母との会話を思い出す。
亡き祖父は、私にとても甘かった。
けれど、母にとってはとても怖い存在だったらしい。
ある日、祖父母にこう聞いてみた。
「孫と子供、どっちが可愛い?」
当然、孫と答えてもらえると思っていた。
けれど、祖父母は一瞬も迷うことなく答えた。
「子供よね」
「そうだな」
聞いた本人が言うのもなんだけれど、少しくらいこちらにも配慮してくれてもいいんじゃないかと思うほどに、なかなかショッキングな出来事だった。
あの頃はまだ分かっていなかったけれど、親となった今、少しだけ、祖父母の気持ちがわかる気がする。
子供は可愛い。
いや、可愛いと思うからこそ親として、この子たちを一人前に育てなければ、という責任感みたいなものを一緒に背負い込んでしまう気がする。
だから、つい、子供ちゃん達には、厳しくなってしまうこともある。
昔、母に言われたことがある。
「親になって、初めてわかることもあるのよ」
私はその頃、結婚もしていなかったし、子供もいなかった。
だから、こう答えた。
「いつか、わかるかもしれない。だけど、あなたのようにはならない」
旦那さんと結婚して、幸いにも、上の子ちゃんを授かった。
いざ、子供を育てようとした時、どうやって育てようかと悩んだ。
『こうは育てたくない』というものはあったけれど、じゃあ、実際に『どう育てるか』について明確なものが、私にはなかったのだ。
だから、沢山の子育て書を読み漁った。
けれど、読めば読むほど途方に暮れた。
子育ての考え方は十人十色。
しかも、その子その子によっても、合う合わないがあるはずだ。
その中で、何を選べばいいのか。
私には、到底、見当がつかなかった。
結局、旦那さんと話し合って、子供がどう育ってほしいのか大まかな方針を決めた。
あとは、その時々に合わせて対応していくことにした。
今も何かある度に、葛藤し、頭を抱えている。
子供ちゃん達が可愛いから。
子供ちゃん達に幸せになって欲しいから。
その分、必死に考える。
もしかしたら、私の両親も、そうだったのかもしれない。
両親に愛してもらえなかったとは、決して思わない。
むしろ、愛が深かったゆえに、その分、背負い込み、そして、暴走していったのかもしれない。
だから、解放された今、あんなにも柔らかな表情で笑っているのか、と思う。
「ただいま」
家に帰ると、父が壊れたおもちゃを直していた。
母は子供ちゃん達と、セーラー〇-ンごっこをしている。
子供ちゃん達に振り回されている両親の姿に、つい、笑いが込み上げてくる。
過去のこと全てを、水に流すのは難しいと思う。
でも、その分、両親と子供ちゃん達は、このまま、いつまでもいい関係でいて欲しい。
そう願う私は、ちょっと虫がよすぎるだろうか。