眠気
最近、朝に起きるのが辛い。
ものすごく眠いのだ。
日中も、突然、眠気に襲われる。
掃除している時とか、本を読んでいる時とか。
いつやって来るのかは分からない。
そして、大抵、私は抗うことができず、寝てしまう。
目が覚めてすぐ、まだぼんやりとしている頭の中で考える。
私は何をしていたのだっけ。
それは床の上だったり、はたまた、子供ちゃん達の遊ぶトランポリンの上だったりして、思い出すのに幾分か時間が掛かる。
上の子ちゃんの時も、下の子ちゃんの時も。
出産が近づいてくると、こういう症状が起きた。
だから、今回も順調に進んでいるのだろう。
上の子ちゃんを妊娠している時、あまりにも眠気が酷くて一度、ネットで調べたことがある。
その時に『出産したら眠れなくなるので、妊娠中、眠い時はしっかり寝ておきましょう』みたいな言葉が書いてある記事があって、『へえ、そうなんだ』と思ったことを覚えている。
でも、それがどういう意味か身に染みて分かったのは、上の子ちゃんを産んでからであった。
以前にも書いたけれど、上の子ちゃんは本当に眠らない子だった。
朝でも夜でも、1~2時間おきに必ず起きる。
そして、眠るのが本当に下手だった。
私は子供を産むまで、赤ちゃんがすることと言えば、『寝る』か『ミルクを飲む』かだと思っていた。
だから、まさか、その『寝る』ができないということに、驚いた。
上の子ちゃんは、眠るまでひたすら泣き続けた。
『眠いけれど、眠れないから、あなたが寝かしてください』
そんなことを言われている気がして、『いやいや、そんな身勝手な』と心の中で何度も突っ込んだ。
寝かせるために色々と試みた。
最終的に編み出したのが、腕に抱き揺らしながら、さらに足踏みをするというものだった。
抱っこするだけでも、揺らすだけでも駄目だ。
必ず、足踏みも必要なのだ。
そして、三十分くらいやらないと眠らない。
朝はまだいい。
夜中、眠気と闘いながらやるのは辛かった。
気休めに、赤ちゃんの寝つきが良くなるCDをかけながらやっていた。
自分が寝てしまいそうだった。
見かねた母が、夜中の番を代わってくれたことがある。
夜中に気になって、母と上の子ちゃんがいる部屋を覗いてみた。
薄暗い中で、ぼんやりと浮かび上がったのは、座椅子の上に幾重にも積みあがった毛布の山。
『なんだ、これ』
あまりにも不気味なものを見た気がして、思わず、のけ反った。
回り込んでみると、毛布の山の中に母は埋もれていた。
膝に、上の子ちゃんを乗せている。
足踏みが大変だったから、膝の上に乗せて揺らしていたらしい。
そして、幾重にも積まれた毛布は、部屋が寒かったから。
疲れ切った母の顔を見て、寝かし付けを交代した。
こんなこともあった。
いつものように?無事、寝かし付けを終え、布団に入ろうとしたら、母が血相を変えて部屋に入ってきた。
入ってきて早々、「大丈夫?」と尋ねてくる。
「まあ、いつもどおりだよ」と答えると、母がほっとした顔をした。
「あなたが発狂しながら、『ねんね、ねんね』って言っている声が聞こえたてきて、心配になったのよ」
全く身に覚えがない。
おそらく、母の幻聴だ。
私より先に、母の方が参っていた。
旦那さんのいる家に戻ってからも、上の子ちゃんは泣き続けた。
夜中はどちらか一方が力尽きると、次の人に、という感じで、押し付け合いの日々だった。
一体、この地獄はいつまで続くのだろう。
睡眠不足でもうろうとする頭の中で、何度も何度も思った。
そして、もう、どちらも、体力の限界だというところで、ようやく、上の子ちゃんがまとまって眠るようになった。
出産前に、赤ちゃんが眠らなくてお母さんが参ってしまうというような記事や漫画を読んでことはあった。
なのに、なぜ、すっぽり、そのことが頭から抜けていたのか、今でも不思議だ。
『へえ、そうなのか』と分かった気になってはいたけれど、実際に自分の身に起こることとして認識していなかったのかもしれない。
子育てにだいぶ慣れてきた頃、近所のご夫婦にお子さんが生まれた。
時折り、部屋の前を通ると、赤ちゃんの泣く声が聞こえる。
ある日、下の子ちゃんを連れて歩いていたら、小さな赤ちゃんを抱いている奥さんを見かけた。
あまり交流はなかったから、会釈して通り過ぎようとした。
けれど、奥さんの顔があまりにも疲れ切っていて、昔の自分の姿に重なった。
「お子さん、何か月ですか」
気づけば、声を掛けていた。
奥さんは少し驚いた顔をして、それから、「二か月くらいになります」と答えた。
「夜中、なかなか寝てくれなくて、大変な時期ですね」
すると、奥さんははっと顔を上げて、「もしかして、泣き声が聞こえていますか」と言った。
私が慌てて否定をすると、奥さんはほっとした顔をした。
そして、ぽつりと「これ、いつまで続くんですかね」と呟いた。
「その子にもよると思いますけれど、うちの子は二人とも、だいたい三か月くらいかな。それくらいたつと、少しずつ、まとまって寝てくれるようになりますよ」
そう答えると、「良かった。もう少し、頑張ってみます」
奥さんの顔が少しだけ、明るくなった気がした。
旦那さんのおかあさんが、よくこう言っている。
昔は大家族だったから、子供の面倒を見る手が沢山あったし、子供を生む前に、子育てを身近で見たり手伝ったりする機会があった。
でも、今は核家族が中心だから、子供を生んで初めて子育てに触れるし、頼れる手も少ない。
だから、追い込まれてしまうのかもね、と。
最近、お風呂を出た後に、椅子に座って、お腹をぽんぽんと叩いていると、子供ちゃん達がやって来る。
そして、「バブちゃん、元気?」とか話しかけながら、私のお腹にそっと手を当てる。
上の子ちゃんが言う。
「ママ。私ね、バブちゃんが泣いていたら、とんとんって身体を叩いて、寝かしつけてあげるね」
本当に優しい子達だ。
でも。
私は、こっそりと意地悪い笑みを浮かべる。
いいかい、君たち。
赤ちゃんは、そんな簡単に眠らないぞ。
上の子ちゃんは大分、大きくなってきたから、出来れば、これから始まる三人目の子の育児のことを少しでも覚えていてくれたらいいな、と思う。
それは、生まれたばかりの赤ちゃんがこれからどう育っていくのか、せっかくの機会だから知って欲しいな、というのもあるけれど、それより、なにより、これから育児していく過程で起こる大変な事々は、その子の成長にもよるけれど、遅かれ早かれ必ず終わりがあるということをしっかりと覚えていて欲しいのだ。
正直、子育ては大変だ。
寝不足、疲労、身体の痛み、孤独。
それに加えて、いつまで続くのだろうという不安は、より一層、私たちを追い詰める。
これはあくまで、今まで経験したことを通じて、ではあるけれど、子供は必ず成長し、出来るようになる。
それがわかるまでには、なかなか時間を要してしまったけれど。
子供ちゃん達が、ちゃんと証明してくれたから。
どうか、追い詰められないで。
希望を持ってほしいな、と思う。
「まずは、三か月を乗り切ろう」
旦那さんとの合言葉だ。
子が生まれて、最初に受ける洗礼。
赤ちゃんの寝かし付け。
三か月くらいは、きっと、寝不足必須になるだろう。
相当辛いことはすでに経験済みだけれど、終わりが分かっているだけ、幾分か気は楽だ。
夏から、また、子育てを一からやり直す。
ちょっと、気が遠くなりそうだけれど。
頼もしい子供ちゃん達が、二人もいてくれるから。
今度はもう少し、楽しめるんじゃないかな。
なんて、一人で勝手に思っている。