悩めるママの子育て徒然日記

30代主婦 三児の母 趣味は料理、散歩、読書 旦那さんからは『悩むことが趣味』と言われている

ミシン

 最近、ミシンを使っている。

 といっても、そう頻繁ではない。

 ちょこちょこと、だ。

 そもそも、私はお裁縫が得意ではない。

 特に、ミシンとの相性はすこぶる悪い。

 だから、今まで、ミシンとは縁遠い生活をしていた。

 

 私は、物を作ることは好きだ。

 けれど、お裁縫だけは昔からどうもダメだった。

 母はお裁縫が得意で、よく、服や小物を色々と作ってくれた。

 当然、私も興味を持って、両親におもちゃのミシンを買ってもらった。

 初めて作ったのは、巾着袋。

 ナフキンやコップは入るくらいの大きさだ。

 もちろん、手順書通りに作った。

 見た目は、どう見ても巾着袋。

 なのに、中を開けて驚く。

 物を入れる余地が、飴玉二個分くらいしかない。

 なぜ、こうなった?

 未だに謎である。

 

 忘れもしない。

 中学三年の頃だ。

 家庭科でスモッグを作ることになった。

 その当時の家庭科担当の先生は、とても厳しいと有名な人だった。

 毎回、その時間内にやるべきことが黒板に書いてある。

 それができないと、居残りになる。

 私は、毎回、居残り組だった。

 特に、縫う段階になると、それが顕著になる。

 なぜか、ミシンが故障するのだ。

 つい先ほどまで、他の人が使っていた時は順調に動いていたのに、である。

 おかげで、毎回作るのを中断して、ミシンを直さなければならない。

 ミシンの縫い具合が悪かった時には、糸を解くという手間も加わる。

 真っすぐに縫えていない時や、縫うところを間違える時もあって、やっぱり糸を解く。

  何度も糸を解いたせいで、布が傷んでくる。

 段々、やる気が失せてくる。

 居残りしても終わらなくて、何度も家に持ち帰った。

 家のミシンは学校とは違い足踏みミシンではなかったので、いちいち手で停止ボタンを押さないと動いたり止まったりしない。

 それが、ミシンの不慣れな私にとっては、大きな難関だった。

 片方の手でミシンのボタンを押しつつ、まっすぐに縫うという作業ができないのだ。

 仕方ないので、一番遅い速度で縫う。

  そうやって、ちんたらと作業していると、見かねた母が「遅い!」と言って、速度を勝手に早くする。

 私は当然、そのスピードについていけず、ミシンを止めようと停止ボタンに気を取られる。

 結果、縫うところが大幅にずれ、また、縫いなおしとなる。

 

 スモッグ作りが終盤に入ると、大幅に遅れが目立つ私は、先生に一対一で教わるようになった。

 それでも、スムーズにいくことはなく、やっぱり、いつも居残り組だった。

 そして、ようやくスモッグが完成した時、もう二度と作るものかと思った。

 

 出来上がったスモッグは、授業内に採点された。

 一人ひとり、名前が呼ばれ、先生の元へ持っていく。

 そして、先生がスモッグの出来を確認し、持っているノートに何やら書き込んでいく。

 いよいよ、私の番になる。

 恐る恐る手渡すと、先生はゆっくりと時間を掛け、表側はもちろん、裏側にも返して、指示通りに作っているか隅々まで確認する。

 私はドキドキしながら、採点が終わるのを待つ。

 先生が顔を上げる。

「出来上がるまで、本当に長かったわねえ。完成して良かった」

 感慨深げに言う先生の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

 それからの人生、ミシンを使うことは、もうないだろうと思っていた。

 けれど、上の子ちゃんが幼稚園に入ることになって、問題が発生する。

 幼稚園に行くようになると、上履き入れや給食袋など、色々と布物が入用となる。

 それらは大抵、お店で売っているのだけれど、中には大きさが細かく指示されているものもあって、そういうものは探してもなかなか見つからないのだ。

 そんな時、ふと、思ってしまう。

 ああ。ミシンが使えればいいのに・・・。

 そうしたら、布さえ買えば用意できてしまうのだから。

 無論、自分のミシンの腕の下手さを棚に上げて、である。

 

 その頃、下の子ちゃんがまだ小さくて手がかかったから、到底、ミシンを買って作るなんて考えられなかった。

 なので、ダメ元で、母に助けを求めてみた。

 すると、あっさりと引き受けてくれて、無事、用意することができたのである。

 ただ、この時、母から言われた。

「もう、これっきりだからね」

 

 コロナ禍になったとき、不織布マスクが手に入らなくなった。

 なので、何日か同じものを使えるよう、マスクカバーを作ったり、下の子ちゃん用の小さなマスクを作る必要が出てきた。

 この時は、手縫いで作った。

 布の厚みのある部分を縫うときは特に、手は痛くなってくるし、時間もかかる。

 こんな時、ミシンが使えたらいいのに、と何度も思った。

 

 そして、いよいよ下の子ちゃんが幼稚園に入園することになった。

 その時、私の頭の中に真っ先に浮かんだのは、これから先、雑巾を倍作ることになるのだな、ということだ。

 幼稚園では毎年、二枚、雑巾を提出しないといけない。

 小学校も一緒だ。

 計四枚。

 めんどくさいなあ、と思ってしまう。

 旦那さんにそのことを話すと、「雑巾なんて、今時、百均で売ってるよ」と返された。

 そうなのだけれど、なぜだか、今まで作ってきた身としては、どうも、雑巾を買うことが釈然としない。

 しかも、下の子ちゃんの幼稚園用の小物類もまた、揃えなければならない。

 段々、悩むのが面倒になってきた私は、『この際だから、ミシンを買って全部作ってしまおう』なんて、安易に考えてしまったのである。

 

 早速、旦那さんと交渉する。

 旦那さんはお金もだけれど、時間も大切にする。

「わざわざ、苦手なことに時間をかけるくらいなら、お金で解決すればいいんじゃないか」と言う。

 本当に、毎回、ごもっともである。

 でも、もし、ミシンが使えるようになったら、出来ることが増えるかもしれない。

 私の胸の内は、なぜか根拠のない希望で溢れている。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。

 学生時から、早、数十年。

 あまりにも時間がたっていたのだろう。

 あんなに苦労したはずなのに、すっかり忘れている。

 

 それから、どのミシンを買うか、ものすごく調べた。

 なるべく使いやすいもの。

 面倒なことを、なるべく自動でやってくれるもの。

 評価の高いもの。

 ようやく見つけたミシンは、旦那さんにはなかなか言い出せないほど高かった・・・。

 

 旦那さんに相談し、ミシンを買ってもらうことになった。

 値段を言った時には、旦那さんも少しためらっていた。

 けれど、最後は私のやる気を買ってくれた。

 そして、厳重に緩衝材に包まれたミシンが、ついに我が家に届く。

 ずっしりとした重みのあるミシン。

 これは、頑張って、使えるようにならねば!

 そう思っていた矢先。

 絶妙なタイミングで、妊娠が発覚し、悪阻がやって来た。

 

 今回の悪阻は三度目にして、一番ひどいものだった。

 点滴を何本も打った。

 水を飲むのもままならず、ほとんど寝ている状態だった。

 結局、下の子ちゃんの幼稚園グッズは、買えるものは買って、あとは上の子ちゃんが使っていた物を使い回すことにした。

 上の子ちゃんは年少・年中時、あまり幼稚園に行けなかったので、思いの他、使っていたものが奇麗だったのだ。

 こうして、ミシンは活躍する場なく、棚の奥にしまわれたのだった。

 

 ようやく悪阻が治まった四月。

 棚の奥からミシンを取り出した。

 そのうち、買ったことを忘れてしまいそうで、ずっと、気がかりだったのだ。

 とりあえず、説明書を読みながら、ミシンがすぐ使えるように準備していく。

 ある日は、ミシン糸を買いに行く。

 ある日は、ボビンに糸を巻き付ける。

 ある日は・・・。

 一気にやると嫌になりそうなので、日を分けて、少しずつ進めていった。

 

 そして、ついに、ミシンで布を縫ってみた。

 縫ってみて、驚いた。

 縫うスピードはゆっくり。

 下糸も上糸の調整も奇麗で、スムーズに縫えるのだ。

 しかも、途中で厚みがあっても、勝手に調整してくれる。

 これ、すごくないか・・・。

 早速、古びたタオルを引っ張り出し、雑巾を縫う。

 ミシンは一度も詰まることなく、縫い進めていく。

 一枚、二枚・・・。

 気づけば、四枚も縫えていた。

 私はすっかり、有頂天だ。

 夜、仕事から帰って来た旦那さんに報告する。

「今日、雑巾が四枚も縫えたよ!」

「お、おう」

 旦那さんは少し、戸惑い気味に返事をする。

 そりゃそうだ。

 雑巾を縫ったそのミシン一台で、一体、何枚の雑巾が買えるのか。

「す、少しずつ、使えるようにするから・・・」

 居た堪れなくなった私は、そんなことを口走った。

 

 次に縫ったのは、上の子ちゃんのマスク入れだ。

 上の子ちゃんが持ってきた、学校のお便りに書いてあった。

 これから夏に向けて暑くなるので、授業でマスクを外す機会が出てくる。

 その際に、マスクを入れておくものを持ってきて欲しいとのことだった。

 マスク入れって、何だろう?

 巾着袋だと、少しかさばる気がした。

 思いついたのは、袱紗のようなもの。

 でも、そんなものどこで売っているのだろう?
 ネットで探してみると、プラケースやビニール製の袋が出てくる。

 できることなら、洗濯できる布製がいい。

 それなら、自分で作ってみようかしら。

 頭の中で、どうやったら簡単に作れるか考える。

 布はちょうど、旦那さんのいらなくなったハンカチがあった。

 型紙もなく、いきなり作れるかは若干不安だけれど、せっかくだから作ってみることにする。

 ハンカチを必要な大きさに切って、早速、ミシンで縫っていく。

 ミシンの性能がいいお陰で、思い通りに縫えていく。

 自分の腕前がいいと勘違いしてしまいそうだ。

 時折り、手を止めて、どう進めるか考えながら作っていく。

 時間はかなりかかってしまったし、見栄えもあまりよくないが、三枚作ることができた。

 果たして、上の子ちゃんは、使ってくれるだろうか・・・。

 学校から帰って来た上の子ちゃんに、早速作ったマスク入れを渡す。

「あっ。パパのハンカチで作ったんだ!」

 どうやら、及第点は採れたらしい。

 ランドセルに無事、入れてもらえた。

 

 それからというもの、ポチポチとミシンを出しては縫っている。

 この間は、頂いた妊婦用の服の裾直しをした。

 昔の私なら、サイズの合わないものは、どこかにしまったまま放置して、結局、着ないまま最後は処分していた。

 けれど、今は、思い立ったらすぐ、直すことができる。

 もちろん、まだ始めたばかりなので、粗はある。

 近くで見られたら、おそらく、直したことがばれてしまう。

 でも、遠目でだったら、なんとか誤魔化せる気がする(?)

 

 ずっと、自分にはできないと思っていたけれど。

 時には、もう一度、思い切って挑戦してみるのもいいかもしれない。

 いくつになっても、やっぱり、新しいことができるようになるのは嬉しいし、そのおかげで世界が広がって行くのはワクワクする。

 現在の目標は、お腹の子の入園グッズを作ること。

 当分先のことだけれど、その間に、コツコツ腕を磨いていこうと思っている。