新型出生前診断(NIPT)
- あくまで、現在、私の受診している産婦人科や私が検査を受けた専門機関の話であって、他の産婦人科・専門機関も同一かは分かりません。
- 場合によっては、ご不快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれません。ご注意ください。
三人目を授かったと知ったとき、私にはいくつか懸念することがあった。
その一つが、高齢出産になるということだ。(後で知ったことだが、経産婦の場合は40歳以上をいうらしい)
私は三十半ばを超えている。
年を重ねるにつれ、妊娠すると身体にかかる負担が増えていくことは知っていた。
いくら、二人の子を無事に産んだとはいえ、三人目の時もそうなるとは限らない。
自分に何かあったら、子供ちゃん達のお世話は誰がするのか。
心配でならなかった。
そこで、妊娠が分かって早々に、産婦人科の先生に相談した。
すると、「ああ、そのことですね」と先生は答えて、私にぺらりと一枚の紙を渡した。
渡された紙には、『出生前診断』と書かれてあった。
それもあったか!
私は心の中で呟く。
幸い、子供ちゃん達は今のところ、何事もなく育っていた。
だから、頭の中からすっぽりと抜けていたのである。
『出生前診断』
私は出生前診断について、必死に思い出す。
確か、妊娠中に赤ちゃんの染色体異常を調べる検査だよね。
検査方法は、羊水検査。
でも、羊水検査は破水する可能性があるからしたくないな。
そう思いながら、先生の説明を聞いていたら、今は血液検査(NIPT)でもわかるという。
ただし、調べられるのは三つ(21トリソミー・18トリソミー・13トリソミー)の染色体のみ。
しかも、費用は十万を超える。
それでも、血液で分かるのなら、流産などのリスクは少ない。
受けておいてもいいかも。
心が少し動く。
説明を聞き終えた私は、「家に持ち帰って、少し考えてみます」と答えた。
家に帰った後、私はすぐ、旦那さんに報告した。
「出生前診断を受けようと思っているの。一応、ここに資料があるから目を通しておいて」
旦那さんは「分かった」と言った。
でも、今、振り返ってみると、この時は、本当になにも考えていなかったな、と思う。
ただ、血液で出来るという手軽さに、私は惹かれていたのだ。
そして、再度このことと真剣に向き合うことになったのは、受けるかどうか本格的に決めなければならなくなった時。
それまでの間、私は悪阻と向き合うので精いっぱいで、全く他のことを考える余地はなかった。
何度目かの妊婦検診を受けた際に、先生からまた、『出生前診断』を受けるかどうか尋ねられた。
そういえば、そんなことを相談していたな、と思い出す。
「血液検査なら、少し考えています」と答えると、「NIPTのことですね」と言い直される。
そして、「NIPTは当院ではできないため、決められた専門機関に紹介状を書きます」と言われる。
えっ。違う病院にいかなければならないの?なかなか、面倒なことになりそうだな、と思う。
さらに、受けられる期間が限られているため、次の妊婦検診の時には決めておいてくださいね、と念を押される。
というのは、NIPTは、精度は高いものの、非確定検査だ。
この検査で陽性と出ても、これで診断が確定したとはいえない。
さらに、確定検査である羊水検査などを受け、その結果で妊娠継続の有無を決める。
妊娠を中断できる期間は法律で定められているから、それまでに、羊水検査などの確定検査の結果まで出ていないといけない。
そのため、逆算して、NIPTを受ける期間もだいたい決まってくる。
いきなりたくさんのことを言われて、混乱する。
ただ、とにかく、来月までに決めなければならないことは分かったから、急いで、資料を読み直さなければ、と思う。
悪阻と闘いながら、資料に目を通す。
年を重ねるごとに、染色体に異常を持つ子供が生まれてくる確率が増えていくようだ。
自分の該当する年齢だけを見てみると、それが多いのか少ないのかよくわからない。
けれど、下の子ちゃんを産んだ年齢の時と比べてみると、分母の数字が半分くらいになっている。
数字って怖い・・・。
そして、よくよく読んでみると、分からないことが出てくる。
それらをネットで検索し、最終的には二つの懸念が浮き彫りになった。
一つ目は、NIPT検査でも、偽陽性(間違って陽性と判断されてしまうこと)の可能性が少なからずある。
その場合、羊水検査をするのだが、もし、偽陽性で羊水検査を受けて破水するということはありえないか。
そして、二つ目は、とてつもなく大きな問題だが、もし、陽性と確定した場合、私はお腹の子をあきらめられるのか。
特に、二つ目については、どうして、もっと早くそのことについて思い至らなかったのかと、自分の考えの浅はかさに愕然とした。
多分、自分なら大丈夫だと高をくくっていたのだ。
ただ、一応、念の為に受けておこう。
そんな軽い気持ちだった。
でも、実際に改めて資料を読み直してみると、自分の身にも起こりうるのではないか、と思ってしまう。
そうなったとき、日に日にお腹の中で成長していく我が子を、途中でお腹から取り出すことができるのか。
想像するだけで、ぞっとする。
検査はやめた方がいいのかもしれない・・・。
私の中に迷いが生まれる。
旦那さんに相談する。
「実は、検査を受けていいものか悩んでいるんだ」
そう言うと、旦那さんは「受けるって言っていたから、受けるものだと思っていた」と言った。
確かに、そうなのだけれど。
「でも、もし、検査で陽性と出たら、あきらめなければならないの?」
私の問いに旦那さんは、「君はどうしたい?」と言う。
「正直、感情的には産みたい。でも、もし、その子を産んだとして、その子にとってこの社会が生きやすいかといったら・・・」
これは、あくまで私の独断と偏見だけれど、生きづらいだろうなと思ってしまう。
旦那さんに相談する前に、NIPT検査で診断できる染色体異常を持って生まれた子供について、色々とネットで調べたり、実際に子育てされている親御さんのブログを拝読したりした。
正直なところ、自分に育てられるのか分からなかった。
なぜなら、その子その子によって、出来ることは違うだろうし、それは成長していく過程でわかっていくことだから。
今まで、上の子ちゃんと下の子ちゃんは兄弟間でお互い刺激し合って、成長してくれていた。
なので、もしかしたら、兄弟の中で育つことによって、うまくいくのではないか。
なんて、楽観的に考えることもあった。
けれど、反対に、もしかしたら、私たち夫婦がその子にかかりきりになって、子供ちゃん達のことは疎かになってしまうことだってあるかもしれない。
それに、まだ私たち夫婦が元気なうちはいい。
私たちが死んだ後、その子はどうなってしまうのか。
自分で生活できているなら良いけれど、助けが必要な場合は?
考えれば考えるほど、自信が無くなってくる。
上の子ちゃんの時は、とにかく、子供が欲しかった。
下の子ちゃんの時は、兄弟が欲しいな、と思った。
そして、今、三人目の子を授かって、まさか、自分の年齢のことで大きな壁にぶつかるとは思いもしなかった。
検査を受けられるという選択肢が増えたおかげで、悩んでいる。
なんとも、皮肉なことだ。
あと、数年、授かるのが早ければ・・・。
いつ産むにしたって、少なからず可能性はある。
なのに、そんなことを、思ってしまう。
その後、何度か旦那さんと話し合ったけれど、検査を受けるかどうか、結論は出なかった。
なので、次の妊婦検診の際に、もう一度、産婦人科の先生に相談することにした。
コロナ禍のため、本来なら院内に入れるのは妊婦のみだが、その時は特別に、夫婦で先生とお話させてもらえることになった。
まず、一つ目の懸念、NIPTで偽陽性だった場合、羊水検査を受け破水してしまうということはありえないかについては、わずかではあるがあったとのことだった。
そもそも、染色体に異常がある子の場合、羊水を包んでいる膜も弱いらしい。
なので、破水してしまう可能性がある。
ただ、時として、わずかだけれど異常がない子でも破水してしまうことはあるらしかった。
ならば、羊水検査など破水する可能性のある検査ではなく、例えばエコーなどで診断することはできないのか、についても聞いた。
確かに、そういう方法もなくはないが、診断できる先生はかなり限られていると言われた。
他にも、分からなかったことをいくつか質問する。
初妊婦と経産婦の場合、染色体異常の確率は同じなのかについては、卵子の劣化は経産婦も初妊婦も同じであること、そして、兄弟に染色体異常があった場合、生まれてくる子もそうなる可能性は『ある』と言えるが、反対に、兄弟に染色体異常がないからと言って、生まれてくる子も『ない』とは限らないと言われた。
先生は時間を掛け、親身になって相談に乗ってくれた。
けれど、結局のところ、まだ、検査を受けるか決められない。
そこで、とりあえず、先生に紹介状を書いてもらい、専門機関でより詳しく話を聞いて決めることにした。
専門機関へは予約を取らず、朝一で直接赴いた。
かなりの待ち時間を要したが、昼前には診察をしてもらえた。
私は、この時、どういう流れで検査を行うのか、分かっていなかった。
なので、その日に話が聞けると思ったが、そうではなかったらしい。
次回の診察の際に、検査についての詳細な説明を受けたうえで、血液検査を希望する場合は血液の採取をするとのことだった。
私達としては、出来れば初日に詳しい話を聞いたうえで、考える時間を設けてもらって血液検査に望みたかった。
なかなか、思っていたとおりにはいかないものだ。
二回目の診察日。
担当の先生は、物腰の柔らかい先生だった。
資料を私たちに見せながら、ゆっくり説明してくださった。
お話の途中で、いくらか質問させてもらったが、一度も嫌な顔をせず、むしろ、「良く調べてから来てらっしゃるのですね」とおっしゃって、より、詳しいことを色々と話してくださった。
その中で、『絶対大丈夫です』とは言えませんが、と、先生は前置きをされたうえで、私がこの専門機関に赴任してから、今のところ羊水検査の際に破水をしたことはありません、と言われた。
また、この検査は母体の血液から子供の遺伝子を調べる検査なので、調べる過程でもしかすると、母体の不利益な情報(例えば、癌になりやすい等)が見つかってしまうかもしれないということも告げられた。
他にも、どれくらいの確率で偽陽性が出るのかとか、疑問に思っていること、不安に思っていることを先生にぶつけた。
聞きたいことが出尽くしたところで、「この後、検査を受けますか」と、先生に尋ねられた。
もちろん、もう一度、家に持ち帰って後日改めて受けることもできる。
さて、どうしようか。
正直なところ、ここ一か月以上、このことで悩み続け、脳みそは疲れ切っていた。
けれど、心はまだ、定まらない。
ただ、これ以上、先伸ばししたところで、自分にとっての明確な答えは見つからない気がした。
だから、受けるか受けないかは今、決めるしかないと思った。
私は一度気になったことは、ずっと気にしてしまう性分だ。
その性分から言って、今回、検査を受けなかったら、産んだ後もずっと、この子はどうなのだろうか、と悩み続けるだろうと思った。
だとしたら、おそらく、受けた方がいい。
旦那さんが「どうする?」と、こちらを見る。
「受けるよ」と私は答える。
血液を採取する。
結果は二週間くらいで出るので、それくらいあけたところで次の予約日を決める。
もし、結果が予約日までに出そうにない場合や陽性だった場合は、予約日の2、3日前までに電話が来るらしい。
特に、陽性だった場合は結果を聞き終えた後、帰宅途中に何かあるといけないので付き添いの人も一緒に来るようにと伝えられる。
なので、次の予約日までになにも電話が無ければ、陰性ということになる。
とにかく、この二週間、電話が来ないよう祈るしかない。
三回目の診察日。
前日まで、電話は無かった。
なので、ほぼ陰性であろうと思いながら、名前が呼ばれるのを待つ。
待っている間に、ネットニュースで『新型出生前診断の年齢制限撤廃』の記事を目にする。
名前を呼ばれ、部屋に入ると、以前説明してくださった先生とはまた違う先生だった。
先生と向き合うように椅子に座る。
先生が一枚の紙を私たちの前に差し出す。
「検査結果は陰性でした」
おそらくそうであろうとは思っていたけれど、やはり、安堵する。
渡された紙には、図や言葉がいくらか書かれていた。
そして、とりわけ目の引くように『陰性』という文字が書かれていた。
先生が、図や言葉について簡単に説明していく。
ほんの2、3分くらいの短い説明だ。
「ほかに聞きたいことはありますか」と尋ねられ、母体に不利益な情報があったかを聞く。
「無い」とのことだった。
また、NIPT検査についてネットで検索していた際に、この検査で性別が分かるというのを目にしていたので、ついでに聞いてみると、「あくまでこの検査は3つの染色体のみを調べる検査なのでわかりません」との答えが返ってきた。
結局、それ以上、聞くことは無かったので、私たちは部屋を出た。
これで、長きにわたって悩み続けたNIPT検査は終了した。
帰りの車の中で、私は、その時思っていたことを口にした。
「『陰性』って結果が出たら、自分はもっと大喜びすると思っていた」
そう。「良かった!」とか大きな声で言いながら、はしゃいでいると思っていた。
でも、実際は全然違う。
身体も心も酷く疲れ切っていて、
『ようやく解放された・・・』
そんな心地だった。
大げさかもしれないけれど、それだけ、私には大きな決断を迫られる検査だった。
「結果が『陰性』だったから良かったけれど、もし、『陽性』だったとしたら、今、自分がどんなになっているか分からないよ」
いくら泣いても、泣き足らないだろうと思う。
そうならなくて、本当によかった。
ただ、それだけだ。
これから、新型出生前診断の年齢制限が撤廃されるらしい。
私が悩みすぎるのかもしれないけれど、もしかしたら、私のように受けるかどうか悩む人も出てくるのではないか、と思う。
正直なところ、私自身、受けてよかったのかはいまだに分からない。
もちろん、検査を受けたおかげで、3つの染色体の異常が『ほぼ』ないことは分かった。
でも、決して100%ではない。
そして、三つの染色体以外のことは、結局のところ、生まれてみなければ分からない。
今回の検査を受けて、また、新型出生前診断の年齢制限が撤廃され、より、多くの人たちが検査を受けるであろうことを踏まえて、思うことがあるとしたら、この検査が絶望を産むものであって欲しくないな、と思う。
人それぞれ、考え方も受け止め方も違うけれど、私自身は、お腹に宿った命をあきらめたくないと思ってしまう人間だ。
だから、これはあくまで理想論だけれど、この検査等々を受け、『陽性』と診断されたのなら、どうしたらこの子が生きられるのか、生かすことを前提に、専門家の方々の協力や充実した支援を受けられるような制度も一緒に整えていって欲しい。
どうか、希望のある制度になっていきますように。
そんなことを願ってやまない。