努力
先日、上の子ちゃんの個人懇談があった。
正直なところ、上の子ちゃんは普段、あまり学校のことを話してくれないから、どう過ごしているのかは分からない。
なので、少し、ドキドキしながら学校へ向かった。
上の子ちゃんの教室へ行くと、教室の中には担任の先生一人だけだった。
約束の時間前だったが、すでに前の人との面談は終わっていたようだった。
担任の先生と挨拶をして、席に座る。
まずは、授業についての話。
上の子ちゃんは、とりあえず、字の読み書き、計算についてはクラスでもよくできている方らしい。
それは、時折り、上の子ちゃんが家に持ち帰って来るテストを見て、一応は大丈夫であろうと思っていたものの、先生からお墨付きをもらって、ほっとする。
「そうですか。本人もきっと喜ぶと思います」
私はそう答え、そして、今はとりあえず、この方法を取ってよかったのだろう、と、心の中で思った。
上の子ちゃんは、劣等感の強い子である。
幼稚園に入り、なかなか友達ができなかった時期がある。
それは、本人の人見知りな性格もあるけれど、なにより、病気がちでなかなか幼稚園に行けなかったことが主な要因だった。
けれど、上の子ちゃんは違うふうにとらえてしまったらしい。
『私は友達になってもらえない子なのだ』と思いこんでしまったのだ。
「そんなことはないよ。頑張って、話しかけてごらん。みんな遊んでくれるよ」
幾度も声掛けしてみるものの、上の子ちゃんは頑なに私の言葉を拒んだ。
そして、自信を失っていってしまった。
運動に関してもそうだった。
上の子ちゃんの通う幼稚園は、ほとんどの時間を自由に遊ぶことできた。
ただ、月に何度か、運動の授業があった。
その授業が、上の子ちゃんの劣等感をさらに刺激した。
そもそも、上の子ちゃんは、小さなころから、動くことが苦手な子であった。
歩くことさえ嫌がった。
家の近くの公園へ行くのに、やれ、「抱っこしろ」だの、「ベビーカーを出せ」だの。
その要求はすさまじくて、まず、上の子ちゃんを外へ連れ出すことに苦労した。
そして、公園では黙々と砂遊びをする。
あまりにもずっと砂遊びをしているから、動き足りない私はいつも、上の子ちゃんが遊ぶ砂場の周りを何周もジョギングしていた。
そんな上の子ちゃんのことだから、当然、運動の授業についていけるわけもなかった。
「どうして、私はみんなのように早く走ることができないの」
「どうして、私は縄跳びが上手に飛べないの」
落ち込む上の子ちゃんに、私は答える。
「それはね、今までやったことがないからだよ」
公園へ行って、一緒に練習しようとした。
ところが、上の子ちゃんは数回やるとすぐに止めてしまう。
そして、また、砂遊びを始めるのだ。
そう。上の子ちゃんは練習することが苦手なのであった。
いや、そこで、「別に、できなくてもいいもん」と開き直ってくれるのならいい。
厄介なことに、上の子ちゃんは更に落ち込むのだ。
そして、ぼそりと呟く。
「やっぱり、私はなにもできないんだ・・・」
出来ないことは仕方がない。
でも、この性格はなんとかしないと、このままでは、なんでも自信のない子に育ってしまう。
幼稚園の年長さんになっても、一向に変わらないその性格に私は段々、危惧の念を抱くようになっていった。
そして、よくよく考えた末に、上の子ちゃんに先取りで、小学校の勉強をさせることにした。
理由は二つだ。
一つ目は、上の子ちゃんは幼稚園の年長さんになっても、体調を崩しやすかった。
なので、小学校に入っても、休みがちになってしまう可能性があった。
その場合、授業についていけなくなり、ますます自信を失ってしまうのではないかと思ったから。
そして、二つ目の理由は、上の子ちゃんはじっとしていることを好む子だった。
だから、もしかしたら、運動よりも勉強の方が本人の性格に合っていると思われた。
ただ、早くから勉強をさせるということには、とても抵抗があった。
私自身、幼い頃、親からそうさせられてきたからだ。
そして、少なからず、そのことで親を恨んでいる節もあった。
『できれば、思いきり身体を動かして遊んで欲しい・・・』
けれど、身体を動かすことが苦手な上の子ちゃんに、その想いは届かなかった。
上の子ちゃんに勉強をさせると決めてから、まず、何をさせようか考えた。
その頃には、もう、ひらがなを読むことはできたから、書く練習をさせてみようと思った。
けれど、これは失敗した。
上の子ちゃんの筆圧が弱すぎて、簡単な字はいいが、少し複雑な字になると書けなかったのだ。
そこで、数字の勉強に切り替えた。
数字なら、何とか書くことができたからだ。
そこから、数の数え方、計算と進めていった。
そして、ある程度、筆圧が強くなったところで、もう一度、字を書く練習もした。
当然、上の子ちゃんから勉強をすることに対して、何度も反発は受けた。
「どうして、幼稚園でやっていないのに、おうちでやらなきゃいけないの?」
上の子ちゃんの問いに、私は、いつもこう答えた。
「ごめん。今は分からないと思う。でも、小学校に入ったらわかると思う。それまでは我慢して」
でも、私自身、果たして、この方法で良かったのか、悩むこともあった。
小学校に入学し、授業が始まった。
授業の内容についてはあまり教えてくれないけれど、テストが返却される度、少し誇らしげな顔な顔をして私に見せてくれる。
「今日も、百点が取れたよ!」
その顔を見る度、私はほっとする。
今まで積み上げてきたことが、ちゃんと結果として表れてきている。
そして、上の子ちゃんもそのことを分かっている。
「良かったね。パパが帰ってきたら、見せようね」
上の子ちゃんが嬉しそうに笑う。
そこにはもう、「私は何もできないんだ」と嘆いていた頃の面影はすっかり消えていて。
「上の子ちゃんのこと、しっかりと褒めてあげてくださいね」
そう担任の先生に言われ、「はい」と答える。
それから、「もう一つ」と先生が付け加える。
「上の子ちゃんは、いつも大きな声で気持ちのいい挨拶をされますね。おうちの方がしっかりと教育されているのだなと思いまして」
私は首を横に振る。
そして、答える。
「それこそ、本人の努力の賜物です」
上の子ちゃんは恥ずかしがり屋な性格だ。
それは今でも変わっていない。
けれど、幼稚園の年長さんくらいからだろうか。
まずは、知っている人から、そして、段々と初めて会う人達にもきちんと挨拶できるようになった。
それまでは、挨拶をされても、私の後ろに隠れてしまう子だった。
私も子供の頃はそうだったから、このことで、上の子ちゃんに強く言うことはしなかった。
ただ、機会がある度に「挨拶はその人と仲良くなるために必要なことなのだよ」と伝え、あとは、実際に挨拶したり会釈したりする姿を見せただけだ。
上の子ちゃんは挨拶するとき、少し緊張した面持ちになって、大きく息を吸う。
もしかしたら、ちょっと怖い気持ちもあるかもしれない。
けれど、それに打ち勝って、しっかりと大きな声で挨拶をする。
私も普段から挨拶はしているけれど、こんなにもしっかりと声を出してすることはない。
だから、上の子ちゃんの挨拶する声を聞く度に、頑張っているなあと思う。
先生とはその後、いくらか会話を交わして個人懇談は無事終了した。
上の子ちゃんの教室を後にしながら、「今日はいっぱい上の子ちゃんを褒めてあげよう」と思う。
そして、改めて、「あなたはできる子なのだから、自信を持っていいんだよ」と伝えたいな、と思った。
多分、本人もそのことを少しずつ、分かってきている気はする。
最近では「あれがやってみたい」とか「これがやってみたい」とか。
上の子ちゃんの口から、意欲的な言葉が聞けるようになってきたから。
上の子ちゃんの名前は、何事にも挑戦し、人生を豊かにしていって欲しいという願いを込めてつけた名前だ。
今は私が身重だし、コロナのこともあるのでなかなか思うようにはさせてあげられないけれど。
生活が落ち着いたら、色々なことに挑戦させてあげたいと思っている。