君のことだよ、下の子ちゃん
下の子ちゃんは食べるのが遅い。最初はパクパクと食べているけれど、途中から段々、ゆっくりとしたペースになり、やがて遊び始める。「早く食べなさい」と何度か促すが、そのうち「もう食べない」と言って残すこともある。お腹が一杯というよりは、『食べる』という行為に飽きたという感じだ。
その証拠に、食後のおやつやデザートは欲しがる。おかずは残しているのに、欲しい物だけ食べようとするのはどうも納得いかなくて、なるべくあげないようにしている。
けれど、下の子ちゃんはなかなか強かなのである。デザートに皮の剥かれた果物があれば、それこそ「じっー」と、わざわざ音声付きで果物を熱心に見つめ、おやつによく食べる炒り大豆は、手の届かない高い所に置いてあるにも関わらず、椅子を近くに寄せてよじ登り、執念で私の所へ持ってくる。そして、下の子ちゃんのえらいところは、自分では直接、食べ物には触れないことだ。必ず、私のところに持ってくるか、食べたいものの近くに居続けるか、食べたいものをひたすら主張し続ける。
上の子ちゃんにはないその逞しさに、時折り、私は感服し、つい少しだけとあげてしまう。下の子ちゃんはにんまりとした顔でそれを受取り、「美味しい、美味しい」と言いながら、それはそれは、嬉しそうに食べる。
下の子ちゃんからしてみれば、多分、私はちょろい親だ。
ただ、やっぱり、あげるだけではいけないと思うから、きちんと伝えるべきことはいつも伝える。
「下の子ちゃん。ママは、下の子ちゃんの身体のことを思って、毎日、一生懸命ご飯を作っています。だから、そんな簡単にご飯を残されてしまうのは、すごく悲しいよ」
お腹が一杯なのに、無理に食べさせようとは思わない。けれど、ただ、食べるのが面倒だとかそういう理由で残されるのは、やっぱり悲しい。その気持ちを分かって欲しくて、これまでに何度も言ってはいるが、果たして、下の子ちゃんの心に届いているのかは不明である。
ある日、上の子ちゃんが珍しく、お昼ご飯を残した。その日の朝ごはんが遅かったのか、はたまた、お昼御飯が少し多かったのか。「おやつもいらない」と言ったから、お腹はもう一杯だったのだろう。
たまたま、下の子ちゃんはその日、お昼ご飯を残さず食べた。しかも、結構、食べるのが早かった。昼食後のおやつもしっかり食べた下の子ちゃんは、座っていた椅子から降り、何を思ったのか、まだ席についている上の子ちゃんの所へ行った。
「上の子ちゃん」
下の子ちゃんが上の子ちゃんに声を掛ける。上の子ちゃんが「なあに?」と聞く。すると、下の子ちゃんは怒ったようにこう言った。
「ママは上の子ちゃんのために一生懸命ご飯を作っているんだよ。なのに、ご飯を残すなんて、ママが、ママが、可哀そうだ!」
部屋がしーんと静まり返る。
そうなんだよ、本当にそうなんだよ。
下の子ちゃんが言っていることは、確かに正しい。
でもね。
そう思うなら、
きちんと食べてよ、下の子ちゃん!
部屋にいた誰もがそう思ったのだった。