悩めるママの子育て徒然日記

30代主婦 三児の母 趣味は料理、散歩、読書 旦那さんからは『悩むことが趣味』と言われている

幼稚園からの帰り道

 旦那さんと色々と相談して、今日は幼稚園をお昼前に早退することにした。まだ、コロナ感染の状態が分からない中で、マスクを外して幼稚園でご飯を食べるのは怖いと判断したからだ。

 お昼時、早速、下の子ちゃんを迎えに幼稚園へ行く。幼稚園に着くと、下の子ちゃんは園の入り口近くで先生と一緒に待っていた。

 なぜか、下の子ちゃんの着ている服が、朝に幼稚園へ着ていった服と違っている。幼稚園に置いてあった着替え用の服になっているのだ。

 付き添いの先生からは説明は特になく、私は疑問を抱えながら、先生と帰りの挨拶を交わし、幼稚園を後にする。

 下の子ちゃんと一緒に歩きながら、着ている服について聞いてみる。

「朝に着ていた服はどうしたの?」

 下の子ちゃんは俯いたまま、「汚した」と答える。

「おトイレ、失敗した?」

 下の子ちゃんは首を横に振る。

「じゃあ、お絵かきで汚した?」

 すると、「そう」と答える。

 でも、よく見ると、上の服だけでなく、ズボンも変わっている。確か、今日はワンピースを着ていった。下のズボンまで汚すなんて、どんなお絵かきをしたのだろう。

「絵の具でもやった?」

 まだ、年少さんなのにそれは無い気がする。

 案の定、下の子ちゃんは「クレヨン」と言う。

「じゃあ、ズボンはどうやって汚すの?」と聞く。すると、下の子ちゃんは、「クレヨンをズボンの上に落とした」と答える。ズボンを履き替えるくらいクレヨンを落とすって、どういう状況だろうと考える。そして、多分、着替えた原因は違うな、と推測する。

 少し歩くと、商店街に入る。下の子ちゃんが足を止める。

「このお花はなあに?」

 小さな黄色の花だ。私はさっぱりわからず、「さあ」と答える。下の子ちゃんは「名前、知りたいのに」と言いながら、じっとその花を見つめる。

「行こう」と下の子ちゃんを促す。また、次のお店で足が止まる。お店の前にいくつかの置物が飾ってある。

「ウサギさんにネコさんに・・・。カエルさんもいる!」

  下の子ちゃんが一個一個置物を指さしていく。そうだね、そうだね、と答えながら私は下の子ちゃんの背中をそっと押す。

 次のお店には軒先に、どんぐりやら貝殻やら松ぼっくりやらが置いてある。勿論、下の子ちゃんの足は止まる。下の子ちゃんはじっくりそれを眺めた後、「あの、とげとげは何?」と聞いてきた。公園に落ちていたのを見たことはあるけれど、名前までは分からない。また、「さあ」と答えると下の子ちゃんはつまらなそうな顔をして、また歩き始めた。

 次のお店は大きな鉢がいくつもお店の前に置いてある。中には水が張ってあって、浮草が浮かんでいる。

「あっ!」

 下の子ちゃんが何かを見つけて走り出す。

「ママ、何かいる!」

 ああ、終わったな。私はこっそりため息をつく。鉢の中にはメダカが何匹か泳いでいる。下の子ちゃんは足を止め、今度はしゃがみこんで鉢の中を覗いている。このペースだと、家に着くのはどれくらいだろう。頭が少し、痛くなる。

 大きな横断歩道を渡り、しばらく何もない道が続く。下の子ちゃんは、いきなり走り出す。

「待って、待って」

 大きなお腹を抱えて走るのは、結構至難の業だ。しかも、下の子ちゃんは走るのがそこそこ早い。車が飛び出してこないか、気が気でない。

 必死に追いついて、走るのを止めさせる。すると、下の子ちゃんは退屈なのか、今度はあっちにふらふら、こっちにふらふら、行き先を定めず歩きだす。

 やがて、椿の葉が生い茂る垣根にたどり着くと、立ち止まって「実はなってないかな~」と言いながら、探し始める。そして、実はなってないと気づくと、また、ふらふらと歩きだした。

 道路の真ん中に、ゴミが落ちているのを見つける。「ママ、これは何のゴミ?」と聞かれ、疲れてきた私は「さあね」と答える。

 その時だ。ふと、この光景を見た気がした。いや、確かに見たのだ。私は下の子ちゃんを迎えに行くために、この道を歩いてきたのだから。道路にゴミが落ちていて、すぐ近くの原っぱには草が生い茂り、紫やピンクの花々が咲いていた。

 でも、と思う。私はそれらをなにひとつ気に留めずに、幼稚園まで歩いてきたのだ。別に時間に余裕がなかったわけではなかった。ただ、普通に、素通りしていったのだ。

 だから、垣根の椿に実がなっているかどうかなんて分からなかったし、大きな鉢の中にメダカが泳いでいることも知らなかった。まつぼっくりと一緒にとげとげの実が置いてあることも、置物の中にカエルがいることも、黄色い花が咲いていることも、全部全部、気がつかなかった。

 久しぶりに、ガツンと頭を殴られたようなそんな衝撃を受けた。

 もしかしたら、私は気づかぬうちに色々なことを見落としているんじゃなかろうか。

 同じ世界を見ているはずなのに、私の世界はそこで完結し、下の子ちゃんの世界はどんどん広がっていく。

 もしも、と思う。もし、私が何気なく送っている毎日を下の子ちゃんの目を通して見られたとしたら、何かもっとキラキラとした新しい発見があるんじゃないだろうか。

 私は歩く速さを、下の子ちゃんのゆっくりとしたペースに落とした。そして、急くのはやめ、のんびりと歩くことにした。

 下の子ちゃんはアスファルトの隙間に生えたお花たちをつんつんと順番に指で突ついた。蝶を見つければ走り出し、花に止まればしゃがみこみ、じっと見つめる。そして、そっと手を伸ばし、蝶が逃げるとまた走り出す。道路と歩道の間に並ぶコンクリートの段の上を、落ちないようにバランスを取りながら伝っていき、降りたと思ったら、よその家の花壇に植えられた奇麗な花々をうっとりと眺める。

 下の子ちゃんは、目に入るもの全てを余すところなく楽しんでいる、そんな気がしてしまう。

 家がようやく見えてきたところで、私は足を止める。ハナミズキの花が咲いているのを見つけたからだ。相も変わらず、青空に映える濃いピンク色のその花は、今年もまた、瑞々しい初夏の訪れが近いことを教えてくれる。

「ねえ、下の子ちゃん。ハナミズキが咲いているよ」

 私が指を差すと、下の子ちゃんは「わあー」と声を上げた。その様子を見て、私の心も大きく動く。

 

「あぁ。疲れちゃった」

 家の前まで着くと、下の子ちゃんは大きく息をついた。

 そうだね、あれだけ沢山刺激を受けたら、疲れちゃうよね。

「お疲れ様。早く家に入って、ご飯を食べよう」

 幼稚園からの帰り道。身体はとっても疲れたけれど、心はキラキラでいっぱい満たされた、そんな帰り道なのでした。