悩めるママの子育て徒然日記

30代主婦 三児の母 趣味は料理、散歩、読書 旦那さんからは『悩むことが趣味』と言われている

風邪

 下の子ちゃんが風邪を引いた。

 幸い、コロナではなくて、普通の風邪。

 今回は少し長引いたけれど、今はもう、いつもの元気な下の子ちゃんに戻っている。

 ただ、私の胸の内は、ずっともやもやしている。

 

 自分が風邪を引くのも嫌だけれど、子供ちゃん達が風邪を引くのも辛い。

 子供ちゃん達は、基本的に、鼻かぜを引く。

 鼻水がものすごく出るのだ。

 だから、三日間くらいは鼻吸い器で、15分おきくらいに鼻水を吸わないといけない。

 上の子ちゃんは大きくなったので、自分で鼻をかめるになったけれど、下の子ちゃんはまだうまくできない。

 結果、家事をしながら一日中、鼻吸い器で鼻水を吸っている。

 更に、お茶が欲しいやら、トイレの電気を点けてくれなどと言われると、休む暇が無くなってくる。

 最近、お腹が大きくなってきて、ますます動くのが億劫になってきた私は、下の子ちゃんが風邪を引いた初日の夕方ごろには力尽き、立ち上がれなくなっていた。

 

 子供が風邪を引いたら、甲斐甲斐しく看病しようと思っていた。

 子供が食べやすいように、おかゆを作り、寂しがらないように傍に居て、夜中に咳込めば背中を摩り、水を飲ませる・・・etc

 病気で弱っている子供に寄り添う、優しい母親。

 それが私にはできないと悟ったのは、いつ頃だろう。

 そもそも、子供ちゃん達はおかゆが苦手だった。

 それはほんの些細なことだ。

 それよりも、何よりも辛いのは、私は子供ちゃん達の傍に居てやれないのだ。

 私は、身体が弱い。

 特に、喉が弱い。

 どうやら、子供の頃、手術したことが影響しているらしい。

 おかげで、すぐに腫れる。

 だから、季節の変わり目にはすごく気を遣うし、人混みにもあまり行かないようにしている。

 もちろん、コロナ前から、冬の外出時には必ずマスクを着用していた。

 そんな私が、甲斐甲斐しく子供ちゃん達の看病をするとどうなるのか。

 お察しの通り、ほぼ、100%の確率でうつる。

 それでも、最初の頃は頑張ってやってきた。

 だから、上の子ちゃんが風邪を引くたびに、私もうつり、風邪と育児でくたくたになった。

 下の子ちゃんが生まれてから、それが難しくなってきた。

 自分がうつったら、体調不良の中で子供ちゃん達二人の面倒を見なければならない。

 ひとりでも大変なのに、子供がふたり。

 しかも、下の子ちゃんはまだ幼くて、沢山手がかかる。

 風邪がうつって寝込むなど、私には到底許されない。

 だから、上の子ちゃんが風邪を引くたびに、私は神経を尖らせ、うつらないように気を付けるようになった。

 

 上の子ちゃんが幼稚園に通い始めると、上の子ちゃんは2,3週間おきに風邪を引くようになった。

 そして、当然ながら、上の子ちゃんの風邪は下の子ちゃんにうつった。

 上の子ちゃんで丸3~4日、昼夜問わずの看病に加えて、下の子ちゃんが丸3日ほど、計1週間くらい、ほぼ眠れない日々が続く。

 ようやく、子供ちゃん達の風邪が落ち着く頃に、私が発症する。

 私の身体はすでに疲れ切っていて、子供ちゃん達の風邪に太刀打ちできなくなっている。

 おかげで、2日間くらい、夜も眠れない有様になる。

 それでも、朝起きれば家事はあり、子供ちゃん達の面倒も見なければならない。

 フラフラになりながら、なんとか毎日をやり過ごす。

 そして、私が回復した、その1週間後。

 また、上の子ちゃんが風邪を引く。

 

 子供ちゃん達が病気になると、家に閉じこもりになる。

 その間、ずっと誰かの看病か、自分が風邪と闘っているか。

 辛くて、苦しくて、そして、孤独な毎日。

 大型連休中は、だいたい、休日診療。

 休日に遊びに行く予定は何度も中止になった。

 家族みんなが元気なのは1か月に1週間くらい。

 その間、下の子ちゃんと近くの川を散歩するのがささやかな息抜きだった。

 上の子ちゃんが幼稚園に入ったら、ママ友ができるかな、なんて淡い期待もあっけなく砕け散った。

 そもそも、上の子ちゃん自身が幼稚園を休みがちになっている中で、私が幼稚園に行く機会など、なかなか無い。

 ただ、看病に明け暮れる日々。

「私、毎日、何をしているのだろう」

 虚しくなってきて、旦那さんに漏らしたことがあった。

「子育てをしてくれている」

 旦那さんが言う。

 そうか、子育てか、と思う。 

 確かに、看病も子育ての内。

 でも、私にはもう、その範疇を越えてしまっている気がしてしまう。

 そのうち、上の子ちゃんの寝息で、風邪の前兆が分かるようになった。

 寝息がおかしい時には夜中だろうが、すぐに、行きつけの病院を予約した。

 そして、布団の中で、どうか自分の勘違いであるように、と祈った。

 けれど、予感はほぼ的中した。

 私は追い込まれていった。

 子供ちゃん達の寝息を聞くのが怖くなった。

 寝息が聞こえないように、布団をかぶって耳を塞いだ。

 上の子ちゃんと一緒に幼稚園バスに乗る子が風邪を引いていたら、その日の帰りは、バス停で降ろすのを止め、幼稚園に迎えに行くようになった。

 食事はなるべくお野菜などをたっぷりと使い、早く寝かせる等の生活習慣の改善を図った。

 子供ちゃん達が風邪を引けば、徹底的に消毒をして、子供ちゃん達に接触した時は毎回手を石鹸できれいに洗った。

 過剰に洗いすぎるせいで、手にはいくつものアカギレができた。

 お医者さんへ行く度に、上の子ちゃんになにか免疫系の病気がないのか、しつこく聞いた。

 上の子ちゃんは大丈夫だと言われた。

 ただ、体力がないだけ。

 その体力はいつになったら、つくのだろう・・・。

 先が見えなかった。

 そのうち、上の子ちゃんを幼稚園へ行かせることが苦痛になってきた。

 また、すぐに風邪を拾ってくるだろう。

 そう思うと、涙がこぼれてきた。

 子供ちゃん達が風邪を引いた日は、仕事へ行こうとする旦那さんに「私を置いてかないで」と泣いて縋った。

 風邪を引いている子供ちゃん達と、一日中家にいるのが辛かった。

 子供ちゃん達のする咳やくしゃみの音が聞こえる度に、心臓がバクバクして、過呼吸のようになった。

 自分がおかしくなっていく。

 その自覚はあった。

 けれど、それを止める手立てが私には見つからなかった。

 ただ、ひたすらに、上の子ちゃんが風邪に打ち勝つ体力がつくのを待つのみ。

 でも、もう、私には限界だった。

 やり場のない感情の矛先は、上の子ちゃんへ向いていく。

 風邪を引いた上の子ちゃんに、辛く当たってしまう。

 救いを求めて、ネットの掲示板で、同じ環境にある親御さんの話を検索する。

『すぐ体調を崩す子供に、イライラしてしまう。でも、一番つらいのは風邪を引いている子供自身』

 本当に、そうだと思う。

 でも、私は優しくしてあげられない。

 耐えきれなくなって、ひとり、部屋の中に閉じこもった。

「ママ、大丈夫?」

 上の子ちゃんが、扉を叩く。

「お願いだから、こっちに来ないで」

 ママはあなたを傷つけてしまうから。

 扉を開かないように押さえて、叫んだ。

 どうすればいいのだろう。

 必死に考えて、市役所の保健士さんに電話した。

 下の子ちゃんの健診時に、困っていることがないか聞かれて、なぜか、上の子ちゃんの風邪のことで相談に乗ってもらっていたのだ。

 縋るような思いで、電話をかけた。

「助けてください。風邪を引いている子供を、抱きしめてあげることができないんです。ひどいことを言って、傷付けてしまうんです。そんな自分が怖くて、今、部屋に閉じこもっているんです」

 保健士さんは電話口の向こう側で、静かに私の話をずっと聞いてくれた。

 そして、私が話し終えると、穏やかな声でこう言ってくれた。

「お子さんは年齢的に考えて、身体が弱いみたいです。それをずっと、今まで看病されてきたんですね。辛かったでしょう。追い込まれてしまうのは、当然ですよ。お母さん、今まで、本当によく頑張られましたね」

 保健士さんの言葉が、じわりじわりと私の心に沁み込んでいく。

 私、子供の看病を辛いって言っていいんだ。

 追い込まれるのは、当然だったんだ。

 今まで、ちゃんと頑張ってこられていたんだ。

 なんだかほっとして、気づけば、大きな声で泣いていた。

 保健士さんがさらに言葉を続ける。

「部屋に閉じこもることは間違いではないですよ。そうやって、お子さんを傷つけないように守っているんでしょ。それに、お母さん自身のことも守ってる」

「今は優しく抱きしめてあげることは難しいかもしれません。だから、お子さんが元気になられた時に、その分、しっかり抱きしめてあげてください。お母さんはお子さんのことを一生懸命考えている。ちゃんとその気持ちはお子さんに伝わっているはずです」

 保健士さんの言葉を聞いていたら、もう少し頑張れる気がした。

 私は泣きながら、「ありがとうございます」と言って電話を切った。

 

 それ以来、私は子供たちが風邪を引くと、子供達となるべく距離をおくようにした。

 子供達に鼻吸い器の処置などをする時や子供たちが使い終えた食器などに触れる時は、ビニールの手袋をするようになった。

 ご飯は皆、いつもより席を遠ざけて食べるになった。

 過剰かもしれないけれど、そうすることで、私自身にうつる風邪の回数も減ったし、なにより、子供が風邪を引いても、自分の心の平穏を少し保てるようになった。

 ただ、この方法がいいとは決して思わない。

 子供ちゃん達には、寂しい思いをさせてしまうからだ。

 

 今回、下の子ちゃんが風邪を引いた時も、私はこの方法を取っていた。

 その分、呼ばれた時などは、疲れていてもなるべく優しく接するようにしていた。

 下の子ちゃんも最初の二日間は耐えてくれていた。

 でも、三日目になって、「寂しい」と漏らした。

「ぎゅっとして」と言う下の子ちゃんに、「風邪が治ったらいっぱいしてあげるから、今はごめんね」と答えて、頭を撫でた。

 それが、今、私にできる精一杯のこと。

 ごめん。本当に、ごめん。

 しょんぼりと俯く下の子ちゃんの姿に、胸が張り裂けそうになった。

 下の子ちゃんは風邪の間も元気だった。

 でも、やはり、身体は辛いらしい。

 お昼前に一度眠ってしまった。

 私は、下の子ちゃんが眠っている間にご飯を食べて、それから血糖値を下げるための運動をする。

 延々と、一時間、足踏みをするのだ。

 最近は、お腹が張りやすくなってきているから、時々、休憩を入れながら続ける。

 そして、一時間後には疲れ切って、床にへたりこむ。

 疲れたな・・・。

 一息ついたところで、寝室から下の子ちゃんの泣く声が聞こえた。

「ママ。ママ」

 泣きながら、こちらに近づいてくる。

 そして、私の姿を見つけると、床に座り込んで、さらに大きな声で泣きだした。 

 もう、下の子ちゃんも限界なのだ、と思った。

 だから、ぎゅっと抱き締めてあげないと。

 分かっているのに、身体が動かない。

 疲れているのもある。

 でも、ちらりと、風邪がうつったらという不安が、頭のどこかをよぎる。

 どうしよう。

 家中に、下の子ちゃんの泣き声が響き渡る。

 その時、かちゃりと玄関の鍵の開く音がした。

「ただいま」

 旦那さんが帰ってくる。

 まさに、ベストタイミングだな、と思った。

 旦那さんには、昨晩、メールを打ったのだ。

 このまま明日も看病が続くと、体力的にきつい、と。

 旦那さんが、泣いている下の子ちゃんに優しく話しかける。

 良かった、と思うと同時に、すごく居た堪れない気持ちになって、咄嗟に家を飛び出した。

 

 抱きしめてあげればよかった。

 行く当てもなくふらふらと歩きながら、私は後悔していた。

 どんなに普段、ぎゅっと抱き締めて、大好きって伝えたとしても、子供が求めている時に応えられない自分は、酷い母親だ、と思った。

 そして、なにより、一抹の不安に気を取られた自分が許せなかった。

 結局、心にずっと重いものがのしかかったまま、私は家に帰った。

 その頃には、下の子ちゃんはすっかり元気になっていて、それだけは救いだった。

 夜、旦那さんに言った。

「私、抱きしめてあげられなかった」

 旦那さんは「その分、僕が抱きしめてあげたから大丈夫」と言う。

 そして、「それくらいでは、うつらないよ」とも。

 そうだよね、きっとそう。

 でも、私は旦那さんの言葉をというよりも、自分の免疫が信じられない。

 今まで、ずっとうつってきたことが嫌というほど記憶に刷り込まれている。

 そして、それを覆すだけの自信が私にはまだないのだ。

 

 下の子ちゃんが風邪を引いて五日目。

 すっかり症状も治まって、夜もしっかり眠れたようだ。

 寝ている下の子ちゃんに「おはよう」と声を掛ける。

 それから、「ぎゅっとしていい?」と聞くと、眠たげな眼をこすりながら、私の膝にすり寄ってきた。

 「おはよう」

 ぎゅっと下の子ちゃんを抱きしめる。

 日常が戻ってきたのだと実感する。

 

 下の子ちゃんを幼稚園へ送り出し、いつもの散歩コースを歩く。

 ここを歩くのは五日ぶりだな、と思う。

 ほっと一息というところだけれど、ずっと、下の子ちゃんとのことが頭から離れない。

 今回は、旦那さんのおかげでどうにかなった。

 けれど、これからだって、子供ちゃん達が体調を崩すことはあるのだ。

 その度に、寂しい思いをさせるのはやっぱり辛い。

 だから、どうにかしないと。

 必死に考える。

 でも、その答えはなかなか見つからなくて。

 今もまだ、頭の中を、ずっとぐるぐる回っている。