お弁当
字を書けるようになった上の子ちゃんが、初めてくれた手紙にはこう書いてあった。
『おいしいおべんとうをありがとう』
幼稚園の年長さんになるまでは、ちょこちょこお弁当を残してくる子だった。
お弁当の作り手としては、中身が残っていると、やっぱり悲しいものがある。
だから、こんな言葉をもらえるなんて思いもしなかった。
たった一行だけれど、泣きたいくらい嬉しかった。
その手紙は、今も大切にしまってある。
『お弁当』といわれ、最初に思い浮かべるのは、中学時代の、とある友人のお弁当だ。
私たちの中学では、お昼はお弁当などを持ってくるか購買でパンを買うかのどちらかだった。
そして、私もその友人も、毎日、お弁当だった。
私は、彼女のお弁当を見るのがいつも楽しみだった。
彼女のお弁当は、美しかったのだ。
御飯は薄焼き卵に包まれ、三つ葉や細い人参で結んであったり、桜でんぶが振りかけられたりしていた。
おかずは、その種類ごとにカップに詰められ、例えば、かまぼこは真ん中に切れ目を入れ、梅干しを叩いたものとシソが挟んであった。
まさに、彼女のために、丹精込めて作っていることの伝わるお弁当だった。
彼女とは高校でも交流があった。
やがて、私は大学に入学し、親元を離れ、彼女は一年浪人した。
その間も、彼女のお母さんは塾に通う彼女のためにお弁当を作り続けた。
彼女は次の年、無事、大学に合格し、親元を離れた。
私の母と彼女のお母さんも、また、付き合いがあった。
彼女が合格したことを知った母は、彼女のお母さんと会い、お茶をした。
その時、彼女のお母さんがしみじみとこう言ったそうだ。
「あの子には悪いけれど、あの子が浪人してくれて良かった」
母はその言葉に疑問抱き、「なぜ?」と尋ねた。
彼女のお母さんはこう返した。
「その分、あの子に沢山、お弁当を作ってあげられたから」
私はその頃、お弁当を大学に持って行っていた。
毎日作る大変さを、思い知ったところだった。
だから、この話を母から聞いた時、すごいなあ、と感心した。
あれだけの美しいお弁当を作るには、手間も時間もかかったはずだ。
しかも、毎朝、作り続けるのである。
それを、しみじみと『良かった』と言う彼女のお母さんの言葉からは、彼女への深い愛情が伝わってきた。
私も今や、自分ではなく家族のためにお弁当を作る身になった。
上の子ちゃんは小学校に入り、お給食になったので、現在は旦那さんのお弁当を毎日と下の子ちゃんのお弁当を週に二日作っている。
おかげで、毎朝、時間との闘いである。
お弁当箱にご飯を敷き詰め、その上に、出来上がったおかずを片っ端から乗せてゆく。
ブロッコリーの塩ゆで、蒟蒻を甘辛く煮たもの、茸と豚肉の塩こうじ焼き・・・etc
一応、栄養バランスは考えているけれど、彩りも見栄えもそっちのけ。
友人のお母さんのお弁当とは、まるで似ても似つかない。
そして、なんとか御飯の白い部分を埋めきると、今日も間に合ったと、ようやく肩の荷を下ろす。
一日一日が、まさにそんな感じで、とてもじゃないが、『沢山作ってあげられて良かった』などという境地には、到底、達せそうもない。
ただ、最近、思ったことがある。
それは、下の子ちゃんが風邪を引いた時だ。
自分の妊娠と子供の看病に精一杯で、朝早くからお弁当を作るのが辛くなった。
これから、ますますお腹も大きくなって動けなくなってくるし、これを機に旦那さんのお弁当を止めようかな、と思った。
旦那さんには、メールでその旨を伝えた。
旦那さんは何も言わなかった。
そして、翌朝。
私はいつもの時間に起き、お弁当を作っていた。
毎日の習慣というのもある。
けれど、なによりも、私にとってお弁当を作るという事は、旦那さんに対して、私の根底にある気持ちを伝えるようなものになっているのだと気づいたのだ。
私は朝型で旦那さんは夜型だ。
私は朝早く起きる分、夜は早く寝るし、旦那さんは夜遅く寝る分、朝も遅い。
旦那さんが仕事から帰ってきてから、一緒に過ごせる時間が長くて三時間くらい。
その間、お互い、家事をしたり、子供の面倒を見たりして、ゆっくりと話せる時間はあまりない。
朝も然りである。
しかも、私は疲れていて、機嫌が悪いことも多々ある。
そんな日々の中で、「ありがとう」とか「お仕事いつもお疲れ様」とか。
旦那さんに、言いそびれたまま、呑み込んでしまった言葉が沢山ある。
それらを全部、いっしょくたに、お弁当に詰め込んじゃっている気がするのだ。
旦那さんからしてみれば、手作りのお弁当を渡されるよりも、言葉できちんと伝えてもらった方がきっと、嬉しいとは思う。
だけど、気分にムラのある私にはこちらの方が、どうやら性に合っているようなのだ。
だから、これは私の勝手な自己満足でしかない。
お昼時のちょっと疲れた時に、お弁当を食べて、旦那さんの気持ちが少しでも上向きになってくれれば、上出来だ。
『今日も、しっかりお仕事頑張れますように』
そう願いながら、おかずを詰め込んだお弁当の蓋を閉める。
最近は、朝も眠気が強くなってきて、さぼりたくなる時もあるし、それこそ、今後、もう一人生まれたら、どうなるかわからないけれど。
ただ、作り続けることで、伝わる想いもあると思うから。
これからも、出来る限り、旦那さんにお弁当を届けていきたいな、と思っている。